空師とは?

森林や山岳が国土の2/3を占める日本では、平坦な地形だけではなく急傾斜のある場所や重機が立ち入れない場所、民家が密集する場所、クレーンの届かない高い樹木など普通の伐採業者さんでは作業が行えない場所が多数ありました。そんな時に、チェーンソーや綱一本を持ち込み華麗な技術で高い樹の枝打ちや剪定を行う職業が存在しました。それが「空師」の始まりであり、高い樹で作業をする姿から「天空の木こり」とも呼ばれてきました。

空師って山師と違うの?

空師とは、簡単にいうと「高い木に登って木を切る職人」のこと。

林業に従事する空師は木を切る仕事を生業とする山師でもあり、ある意味では造園業ともいえます。その一番の違いは、何十メートルもの高い木の上で仕事をすることです。さらに、林業としての山師は植林も行いますが、空師はあくまで木を切り出すことが仕事。手入れのためや木材として切り出すために木を伐採することはあっても、山林の管理や植林をしない点が、山師との大きな違いです。 

では空師という名前の由来はどこから来ているのでしょうか。ある説では、現代のように高層ビルや超高層マンションがなかった江戸時代、木の上が一番高い場所であり、空に近いところで仕事をすることから、空師と呼ばれるようになったのだそう。

こうした歴史を見てもわかる通り、山林の多い日本では、空師ははるか昔から存在していた職業だったことがわかります。つまり空師は、高所での伐採を専門にした特殊な仕事をする林業に携わる人のことであり、枝が広がり過ぎて日が当たらない場合の手入れとしての枝払いや、倒れそうで危険な枯木や大木を切ることもあります。ちなみに、工事現場では高所かつ危険な場所で仕事をする「とび職」がよく知られていますが、そういう意味で考えると、空師は「森のとび職」といえるかもしれません。 

そんな空師ですが、現在の日本では約30人ほどいる、といわれています。ここからは、空師の仕事ついて具体的にご紹介していきましょう。

空師の仕事とは?

空師が働く場所は、周囲が開けたところに限りません。古い神社や寺、さらに密集した住宅地などの狭い敷地内において、大木の処理を任されることが多いといえます。 周囲に住宅やビルがある場合は木を横に倒すことができず、枝を落とすことも難しいため、空師に依頼が来るのです。

高いところで作業をするとなるとそこには必ず危険が伴いますが、空師はロープ1本で自分の体をつないでいるだけです。安全を確保しながら重いチェーンソーなどの道具を身に携えて登ります。その高さはときに数十メートルにおよぶこともありますが、高所も危険もなんのその! スルスルと大木に登っていく姿はとてもアクロバティックで、この動物的ともいえる天性のバランス感覚と度胸が、空師に求められる大きな素質といえるかもしれません。 

対象となる木は朽ちはじめてきた老木であったり、民家の玄関先で大きくなりすぎて持て余している巨木だったりします。また、神社を押しつぶすほどに育った樹齢何百年もの大木であることも。パターンはさまざまですが、木に登ってロープやワイヤーをかけて枝や幹を切り出したら、それを倒したり、地上に落とすことなく、器用にクレーンで吊って、安全なところまで運ぶまでが空師の仕事です。

収入の見極めは空師の「目」

このような作業は専門的知識を持つプロの空師だからこそできること。空師は狭い敷地内かつ危険な高所での作業というスキルの見返りに収入を得るわけですが、切った木材を売ることも大きな収入源となります。 

こうした点から、木を切る前の立木の状態で、この木がどのような状態なのかを見極めることも空師にとって重要な素養のひとつ。切り出した木の状態がよければ高値で取り引きされるため、経験の多い空師ほど、きれいな丸太を作るにはどこでどう切ればよいかをはじめから見極めているといわれています。つまり、空師の仕事には、審美眼も求められることになります。例えば、伐採した切り口がまっすぐであることも高値がつく要素でもあるため、切り方にも気を遣って行われます。いかにうまく木を解体するか……それが空師の腕の見せ所といえるでしょう。 

ときには、よい木だと見込んで切ってみたところ中が空洞だったり、あるいは、枯れかけていると判断した木がとても元気だったり……と、空師としての経験には関係なく、実際に切ってみなければわからないことも多いのだそう。とはいえ、一部が朽ちかけている場合でも、どこをどうやって切れば木材として価値が上がるかを考え、さらに、キズや曲がり具合、枝ぶりなどを調べてから伐採にとりかかるのがプロの空師の仕事ぶりです。

空師の仕事道具

高い木の上で枝打ちや剪定を行う空師。

事故を防ぐために装着する作業着、アタマを守るヘルメットなど普通に思いつくもの

以外にはどのようなものがあるのでしょう? 

いくつか代表的な道具を紹介したいと思います。

・安全帯(安全ベルト)

空師の命を守る安全帯(安全ベルト)は必ず身に着けます。それにロープをつけて命綱とするのです。

・ロープ

これも空師に必須のアイテムです。安全帯(安全ベルト)に取りつけたり、木に固定してのぼる際に使ったり……と、必要に応じて何本も使用します。伐採した枝や幹を吊るす場合にもロープを用いることがあります。

・ワイヤー

伐採した木の幹が太く大きい場合、かなりの重量があるので、ワイヤーを取りつけてクレーンで運ばなくてはなりません。

・昇柱器(クライミングスパー)

昇柱器とは、安全靴(人によっては足袋)などに取りつけるもので、鋭くとがった爪のような形をした道具のこと。別名“直爪の昇降機”ともいわれます。空師はこれをつけて、スパイダーマンのようにガシガシと木を登っていきます。体重で爪が食い込むものの、木に平行に足を上げるとスッと抜けるしくみになっています。空師のなかには、欧米でクライミングスパーやツリースパイクという名で流通しているものを使う人もいます。ただし、欧米仕様のものは日本製とはサイズや仕様が若干異なるようです。

・チェーンソーもしくはのこぎり

チェーンソーやのこぎりは木に登ってから枝や幹を伐採するために使います。枝の太いものを切るにはそれなりのパワーがあるチェーンソーが必要になりますが、そうした場合はチェーンソーも大型サイズになり、重量も増します。なかには、燃料を入れると8kg以上にもなる重さのチェーンソーがありますが、空師はそうしたチェーンソーを含めた道具を腰に下げて、大木を登っていくのです。

空師は世界の「アーボリスト」に通じる‼

空師は日本古来から林業での仕事に従事する特定職業の呼び名であることがおわかりいただけたかと思いますが、海外でも空師と同じような職業があるのでしょうか? 当然ながら、山や森林は世界中にありますから、似たような職業は存在します。その一例を下記にご紹介しましょう。

欧米において、庭園の管理をする造園業(庭師)は一般的には「ガーデナー(gardener)」です。特に、イングリッシュガーデンとして名高い庭園がいくつもあり観光名所にもなっている英国では、「ガーデナー」はなくてはならない人気の職業で、そのレベルや担当する仕事の種類によって呼び方もさまざまです。 

ガーデナーと同時に、欧米でよく知られている職業を「アーボリスト(arborist)」といいます。日本ではほとんどなじみのない職業名ですが、日本語では「樹護士(じゅごし)」と称されています。樹護士は木を伐採するだけでなく、樹木の生命に敬意を払い真剣に向き合う職業とされ、同義のアーボリストは、樹木について豊富な知識と経験を持ち、樹木の剪定や診断などを行うスペシャリストのこと。そのほとんどが、樹木の診断・治療に携わる樹木医の業務を兼ね備えているのが特徴とされます。 

空師と同じようにアーボリストは高い木に登って剪定や伐採を行いますが、樹木全般を保全する役目も担っています。空師との大きな違いは、アーボリストには国際的な資格が必要なことだといえるでしょう。

最近は日本でも資格を取得できる組織が設立され、アーボリストの資格を取得した人もいるようなので、気になる方はチェックしてみてはいかがでしょうか。

空師の志は森を守る糧に

空には直接関係ないけれど高所での木材を扱う「空師」。アクロバティックで専門的な知識が必須であり、体力も必要です。若いうちから弟子入りして技術を身につける職業のため、現代では後継者不足が問題となっているようです。

一方、「アーボリスト」は専門の育成機関があります。アーボリスト専門の道具があり、ツリークライミングの技術に加えて、樹木の剪定知識を持つ人を組織的に育成することで、日本でもメンバーを広げている模様です。

また「山師」は、森林保全だけでなく、増え続けるシカやイノシシから森を守り、野鳥の保護のために巣箱作りもしているといいます。

それぞれの立場で、日本の美しい自然環境を愛し、守り、その美しさを未来に継承する活動に貢献している人たちがいることを、ぜひ知っておいてください。